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消えた龍宮観光

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天然水族館のこと

由比ヶ浜のマンションでデジタルデザインの会社を運営していた時、事務所を訪ねてきた老人から耳にした話です。
老人がまだ小学校入学前の昭和8年ころ、材木座を出港地点とした遊覧船の就航が開始され、たいそう繁盛したという内容でした。
繁盛の理由はというと、通り一遍の遊覧船ではなかったからだということでした。
就航のキャッチフレーズは「竜宮のぞき」「天然水族館」。船底の観察窓を通して海中・海底の様子が楽しめるという仕掛けがあり、大人も子供も競って船底のガラス窓に押し寄せ、誰もが海中の世界に目を輝かせたそうです。テレビなどの映像機器がなかった時代ですから、普段見ることのできない海底世界は神秘の世界だったことでしょう。当時の相模湾沿岸は現在とは比べようもなく透明度が高く海中の生き物が豊かだったわけです。
「和賀江島」を「飯島の港」と呼んでいた老人の話はここまででした。

観光か自然か

現在で言えばベンチャービジネスにも等しいこの海底透視遊覧ビジネスのその後が気になっていたので鎌倉市立図書館の郷土資料室で調べてみました。

すると船名は乙姫丸、竜宮丸、浦島丸の3隻が就航していたこと、それぞれの船の規模、遊覧コースなどについて記された何冊かの資料が出てきました。
それらの資料からは各遊覧船のトン数などは不明ですが、もっとも大きな船は乙姫丸で定員150人、鋼鉄船。遊覧コースは主に3コースあり、短距離で最も手軽に乗船できた江ノ島往復で大人片道60銭、子供30銭。公務員の初任給が75円、映画館の入館料30銭という時代でしたから、結構高価な遊覧料だったようです。コースは他に逗子海岸往復、三崎油壺往復など。夏の間には海底に向けて照明灯を照らして、「納涼船」と洒落込んだとか。いずれにしてもなかなかのアイデアビジネスだったように思えます。
しかしこの観光船ビジネスは3年ほどで中止になります。経営に問題はなかったようですが、集客と乗降の便宜を図ろうと考え、滑川河口に桟橋を設営したことが災いした。漁師を中心に船の廃油による汚染問題が勃発、議会議長の裁量によって桟橋建設は頓挫、海岸の自然が守られたわけです。

笑顔

笑顔
smile at Shichirigahama. April 24, 2022

今日も腰越~由比ガ浜~材木座の砂浜には波音に負けない子どもたちの歓声や日常から開放された人々の笑顔でいっぱいです。
初夏から盛夏にかけては水着姿で砂浜が埋まる日もありますが、コロナウイルスの影響からかつての芋洗い状態は遠い昔の光景になったようです。
それでもいつも元気なのはサーファーたち。遠浅の材木座海岸では初心者も多く、年齢層も10代から70代まで。私もディンギーを操っていた時代がありました。台風が近づく相模湾に挑み、沖合でかなり怖い経験をしたことも。この時はクラブハウスで喧々囂々のお叱りをいただきました。ウインドサーファーの真似もしてみましたが、これはあえなく頓挫。
20代から現在まで、気づくと海に来てました。
現在73歳、残念なことに心臓に若干の障害があることから丘に上がったカッパ状態、レンズを通して海を愛する人達、自然と接し続けていたいと願っています。

由比ヶ浜に観光船の桟橋が建設されていたら、砂浜の景観はまったく異なったものになっていたことだと思います。企業の欲望ばかりが肥大し、きっと辺りは危険立入禁止の看板が立ったり、やたらとコンクリートの建物が浜に押し寄せ、今日のようなみんなの砂浜とはならなかったのではないかと思います。
それにしても海岸に集まる人々の表情はみんな良いですね。日常から開放された喜びに満ちている、私はそのように感じています。鎌倉の食べ歩きや寺社巡りの折に、ふらっと浜辺に佇んでみてください。きっと忘れていた自分のなにかに気づくことがあるのではないかと思います。

そろそろ日没前、七里ヶ浜。

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